草原の人になる。2005年09月06日 23:49

旅先で誕生日を迎えた。
内モンゴルの首府、フフホトにて。
横浜人の僕は二十歳と三十歳の誕生日を北海道で迎えた。で、今僕は小樽の住民になって13年になる。ただ今回の誕生日は四十歳でも五十歳でもないその間の中途半端なアニバーサリーなので、近々のうちにモンゴル人になってしまうことはないと思う。

内モンゴルは中国の中にある。外モンゴルがモンゴル国で、内モンゴルは中国内の自治区である。フフホトは6世紀に築かれた南モンゴルの古都のひとつで、モンゴル語で「青い城」を意味する。人口70万人の大きな町だが、漢民族が大多数を占めており、モンゴル人の比率は1割にも満たない。あとは回部族(イスラム)のエリアがほんの少しだけ。町の新旧の顔は、貧富と直結しているようだ。華やかな中心街は銀座や新宿並みだが、日陰のような貧しい旧市街は町のにおいからして違う。

そのフフホトから約四時間。
アルデレス原生草原はバイさんのふるさと。バイさんとは僕と同じ1959年生まれのモンゴル人。ただ違うのは文化人類学を学ぶため、8年前に札幌大学に留学してきた学究の徒であることだ。北海道大学の大学院も含め、すべての予定を終了して、この7月でフフホトに帰った。
その彼を頼って、彼の生まれた草原を訪ねた、という訳。

360度の地平線。そこには電気がない。水道がない。便所がない。
横浜から北海道の広さに惹かれて移り住んだこの僕が、「広い」という概念を根底から覆された。北海道の星の多さ近さに打たれたこの僕が、草原の星の輝きに言葉を失った。
風力発電と井戸と草原の厠。これで十分だった。至れり尽くせりでないと満足できない人は、所謂「観光草原」に行くがいい。
羊と馬を放牧させながら移動する遊牧民の生活には、トイレという概念はもともと存在しないのだ。

果てしない地平線まで続く、牧草の緑、緑、緑。
の、はずが、今年は46年ぶりの干ばつ、すなわち僕とバイさんが生まれた年以来の干ばつで、あろうことか、緑が見当たらない!

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