男と女22005年07月07日 23:29

深夜の路上に取り残されて一週間。 

大嫌いなメールを送ってみたりする情けなさで、
二十五歳年下の女性とコミュニケーションを図る。
あの晩の不思議などきどき感を取り戻そうとの哀しい作業。
第一、あの小さな機械に向かっての女々しい操作がどうにも我慢ならない。

ようやく成人した女にとって、その小さな機械は、
生活には不可欠なものらしく、
居酒屋にいるときも、バーにいるときも、
気がつくと「抜く手も見せぬ早業」で、
いつ着信したとも知れぬメールに返信していたりする。

通常なら、そのこと自体に
「こら、席を外すとか、後にするとか、ちょっと失礼とか…」
とこちらの逆鱗にふれるところなのに、
めずらしくその「若者の習俗」に見とれている自分に驚く。

ところがその「抜く手も見せぬ」相手から返事が来ない。
むきになって何通ものメールを送り、
しまいにはまどろっこしくて「この機械は電話じゃないか!」
とコールしてみるけれど留守番になっている。
ようやく来た返信には、
「今、忙しくて電話に出れません。メールもちょっと無理なんですう」
非礼を問うような文面に対しては、
「私にだって用事があるんです。いちいちいつ何をしていたからって、
プライベートの全部を説明なんてできません!」
と、丸一日以上の空白の後、返事が来た。

その翌日。
その日が、深夜の路上からちょうど一週間。
ひとりでいた事務所に彼女が現れた。
「事務所に顔を出しに来たのではなくて、
azumashikikuniさんに会いに来たんですよ」

こいつ、心得てやがる。

でも、こっちの中では、あっさりと何かが氷解してしまう。
つい、ぺらぺらと、しかも明らかに咎めるニュアンスはほとんどない塩梅で、
あんなにいつでも誰にでも間髪入れずの「会話」をしているのに自分には…、
てなことを口走ってしまった。

「だって、ほかの人のメールには反射的に何も考えずに返事するのに、
azumashikikuniさんにだけは、考えて、考えて打って、やっぱり消してしまったり、
送るのやめちゃったり…。わからないでしょう、そんなあたしの…」

こちらは、でも、逢いたくなったりしなかったのか、的なことをさらに口走る。
 
「なったりしたに決まってるでしょう。でも、azumashikikuniさんには、
あの、わかるでしょ、何、言おうとしてるか。(間)
ご家族がいるし、お子さん可愛いし、あのとき会っちゃってるから。
逆に、どう考えてるのかな、って。azumashikikuniさんは。
のめりこんじゃいけないって、自分に言ってるんです」

気がつくと、あの晩のバーカウンターの濃密な雰囲気が再現されていた。

このまま、呑みに行こう、と誘う。
今日は用事がある、と彼女。
そんなのやめちゃえ、と少々強引に言う。
そんなの無理です、と彼女。
急におなか痛くなったんだから仕方ない、と無茶苦茶を言った。
そんなの無理です、と再び彼女。

「だから、のめり込んじゃいけないんです、私、
azumashikikuniさんに。この前は道で腕組んじゃったけど…。
今日付いてったら、今度はきっと手をつないじゃう。
今日付いてったら、きっとキスして欲しくなっちゃう。
ああ、だめだ。ほんと、今日はだめ。
絶対そうなっちゃう。今日付いてったら、絶対そうなっちゃう。
キスしたら、ああだめ、ホテルとか、きっとそうなって、
そんなことしたら、息子にごめんなさいだよ、奥さんにも」

すごいこと言うな、と思いながら、
そこまでの下心より、とりあえずこのまま帰したくはない、
もうひと押し…。

そこに、よく知った顔の来客。
ここは事務所だった。
すばやく顔を作り直す。
どうも、どうも!

ドアから滑り出す彼女。

コメント

コメントをどうぞ

※メールアドレスとURLの入力は必須ではありません。 入力されたメールアドレスは記事に反映されず、ブログの管理者のみが参照できます。

※なお、送られたコメントはブログの管理者が確認するまで公開されません。

名前:
メールアドレス:
URL:
コメント:

トラックバック

このエントリのトラックバックURL: http://azumashikikuni.asablo.jp/blog/2005/08/08/42108/tb

※なお、送られたトラックバックはブログの管理者が確認するまで公開されません。