追悼の習俗。2013年08月19日 03:15




日本人として日本語の文章を書いているのに、あたかも母国語と同格に外来語を使ってしまう。
タイミングという言葉はまさにそれで、日本語としてひと言で言い切れずについ使ってしまう。
「あることをするのに最も適した時間・時期」という意味である。


映画『おくりびと』は2008年の作品。ずっと観たいと思っていたが、当時母の病状は深刻で劇場に足を運ぶことが出来なかった。その後『おくりびと』が米アカデミーの外国語映画賞を受賞したのは、確か2009年4月に母が他界したちょうど同じ時期だったかと思う。

母の最後のみづくろいをしてくれた典礼さん(小樽典礼)の手際がそれは素晴らしく、その方とまだ観ていなかった映画の話をした。東北を舞台に描かれていたが、あの作品に登場する納棺師の流儀というか流派は自分たちの師匠筋である。そんなことを伺った。母は後に観る『おくりびと』の本木雅弘さんの、まさにその手際で死装束をまとわせてもらった。だからいろいろな意味で『おくりびと』は僕の大切な一本になったけれど、すーっとその世界に入れたのは、母を見送ってからずいぶん月日が流れてから鑑賞したからではないか、と思う。


降旗康男監督の『あなたへ』は昨年八月末の公開だから、まだ一年経っていない。
これも観たいと思いながら(意図的に?)見逃していた作品だった。地上波初放送という触れ込みを目にして、WOWOWやスカパー生活を送る身としては滅多に観なくなった「地上波」テレビの映画をずいぶん久しぶりに観た。つい数時間前のことだ。

亡き妻の「故郷で散骨して欲しい」という言葉に、戸迷いながらも長崎の平戸へ向かう高倉健さんのロードムービーだ。この映画が、ふたつのことを思い出させた。

ひとつは、広告代理店に就職して三年目と四年目の丸二年間製作に関わった某洋酒メーカー1社提供のドキュメンター番組。いや、番組そのものではなく、社会情報局文化情報部という長い名前のセクションに居た、当時僕を可愛がってくれていた番組担当の大物プロデューサーのご指名で、彼の手がけた別の単発ドキュメンタリ-の現場を手伝ったこと。

原爆が投下された八月六日に広島をスタートし、同じく原爆が投下された街のその日、八月九日の長崎にゴールする「国際平和ウルトラマラソン」。平和への祈願を胸に、フルマラソンの10倍の距離を足かけ四日かけて不眠不休で走り続ける驚愕の鉄人を追う企画だった。

ランナー一人ひとりに就いたテレビ局の伴走車とは別に、件のプロデューサー号であるハイエースのハンドルを僕は握っていた。関門海峡を越えて九州に入り、長崎を目指して運転する高倉健さんの目に映る風景が、僕の記憶の風景と重なって、妙に胸に迫った。

もうひとつ。
高倉健さん演ずる刑務官が、退官後に妻と旅するべく自ら改造したワゴン車には、散骨を迷う亡き妻の遺骨が載せられていた。われらが健さんは、いわば妻を載せて妻の故郷を目指していた。

2009年4月に北海道小樽で母を荼毘に付した後、6月の四十九日を契機に僕は母を連れて神奈川県に戻った。母(の遺骨)を抱いて搭乗の手続きを行い、手荷物と化した母を携えて飛行機に乗り、納骨までの一週間の東京滞在中、親戚や友人の家に、あるいはホテルの一室に母を置き去りにして用事をこなすことが出来なくて、分からぬように母を連れて人に会い、打ち合わせをし、居酒屋の足元に置いて酒を飲み、乞われるままに歌を唄った。

さかのぼること一年半前、認知症を発症した母を横須賀の病院から小樽の施設に移送した際には、倉本聰さんの1974年の名作『りんりんと』(東芝日曜劇場/HBC制作)のストーリーが自分に重なった。

老人性痴呆症の母親を東京から北海道の老人施設に連れて行く息子の物語だった。
これは一見、子供が母親を捨てに行く「姥捨」の話に見えるだろうが、実は母親に捨てられる子の物語であることを描きたかった。作者の言葉が胸に迫った。

母は誰も自分を知る人がいない町小樽で息を引き取った。


追悼という習俗を考える。
亡き人を見送ること。故人を思い出し。霊を安らかにすること。
あるいは残された人たちの心を平安にするための儀式。
もっともふさわしい時間、時期とはなにかを考える。

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